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若年性パーキンソン病という難病によって気づかされた「人生の残された時間」

私が若年性パーキンソン病と診断され6年目になりました。

パーキンソン病は当時に比べると明らかに進行し日常生活にも支障がありますが、パーキンソン病を発症したことで時間には限りがあることを学びました。

誰でもそんな事はわかっていると言われそうですが限りがあってもその限りが見えていないのでただ何となく「日々の時間」を過ごしている人が多いのではないでしょうか?

実際私がそうだったのですが、若年性パーキンソン病を発症してからは時間がない!と本気で思い行動に移すようになりました。

今回は私が若年性パーキンソン病になって大切にするようになった「時間」と「できるようになったこと」について具体的にお話したいと思います。

若年性パーキンソン病という難病が教えてくれた人生の残り時間

一般的に若年性パーキンソン病は進行が遅いと言われています。
しかし実際は十人十色で4〜5年で生活に大きく影響し介助が必要になる方もいれば、発症後20年経っても内服治療のみでコントロールし、仕事をしている人もいます。
パーキンソン病を発症する前の私は「明日しよう人間」でした。
しかし、パーキンソン病を発症し、それが進行していく中で「明日しよう」は約束出来ないことに気づかされました。
若年性パーキンソン病が進行していくにつれ、明日必ずしも薬が効くとは限らないことに気がつきました。
若年性パーキンソン病と診断された当時は薬を飲めばできていたことも、病気が進行するにつれだんだん薬を強くしてもだんだん効かなくなってくることが増えてきました。
そのため「明日しよう人間」だった私が「今しよう人間」になりました。

もちろん全てに、ではありませんが。

例えばトイレ掃除にしても、面倒だから明日しようかな、だったのが今しよう!となったり、子供達が「〇〇食べたい!」と言ったら、「今度ね」と言っていたのを早めに作ったり。
本当に些細なことですが、とにかく後悔したくないと強く思うようになりました。
それは自分自身についても同じです。
「したい」と思ったら可能な限りするようになりました。

私が実際に行った事、始めたことは次の3つになります。

1.若年性パーキンソン病の会開催

私は若年性パーキンソン病と診断されてからブログを書き始めました。
そこで出会った人たちのほとんどが同じ若年性パーキンソン病の人と会ったことがない。と言っていました。
それは私も同じでした。
周囲から理解されにくい病気であること、若くして発症したことで知られたくないという思い、など共通した悩みを抱えながら生活している人ばかりでした。

そのため実際に会って話すことで何か支えになればと思い、ブログとツイッター、知り合いのフェイスブックで声をかけ若年性パーキンソン病の会を開催することにしました。
結果「分かり合える人がいて嬉しい」「また開いて欲しい」と言われ、会を開いて良かったと思いました。
今後は、遠方で来れなかった人たちもいたため日本各地で開催できたらなと考えています。

2.ライターとして働く

ライターとして働き出したきっかけは、はてなブログの中でライターの仕事をしている人がいてたまたま拝読し、私もしてみたい!と思ったからです。
ど素人なのでわからないことばかりですが始めて半年、少しずつ様になってきてるような気がします。
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3.プログラミングを学ぶ

パソコンが大の苦手だった私ですが、ライターの仕事をしていくにはパソコンが必要です。
わからないながらも調べていくうちにパソコンが面白いと思うようになりました。
そんな中、プログラミングに出会い興味を持ちました。
独学ではありますがライターの仕事と並行しプログラミングの勉強もしています。

まとめ

これらのことは私がパーキンソン病を発症しなければ恐らくすることのなかった事柄です。
このように「明日しよう人間」だった私が後悔しないために「行動を起こす」ことが出来るようになりました。
病気を発症したことは人生において大きな出来事ではありますが、もうどうしようもありません。
沢山悩んで沢山泣いたらあとは進むしかありません。

パーキンソン病と共に歩む道を見つけ出来るだけ楽しい人生にしたいですよね。
今の私は体は不自由だけど心は満たされているような気がします。

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