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若年性パーキンソン病と診断された当時からの病気に対する気持ちの変化

先日、当ブログに「若年性パーキンソン病と診断されました。」というコメントをいただきました。

私と同い年で、お子さんもいらっしゃるとのこと。

思わず、私が若年性パーキンソン病と診断されたときのことを思い出してしまいました。

今回は私が若年性パーキンソン病と診断された当時のこと、また、現在の病気に対する気持ちについて書いていこうと思います。

若年性パーキンソン病と診断された当時のこと

「若年性のパーキンソン病ですね」

この言葉を聞くまで2年かかりました。

明らかに身体の右半身は動かしにくいのに診察を受ける病院を変えてみても、そこで聞くのは「どこにも異常はない」という言葉ばかり・・・
気のせいなのか、考え過ぎなのか、私がおかしいのか。
どうしたら良いか分からなくなっていた時にやっと聞けた言葉でした。

そのためおかしな話ですが聞いた瞬間「良かった」と安堵したのを覚えています。
私の感じていたことは間違ってなかった。
やっぱり病気だったんだ。
しかしすぐに若年性パーキンソン病という現実に対し絶望と不安と悲しみと…言い表せない程の負の気持ちが押し寄せてきました。

若年性パーキンソン病と診断された当時、若年性パーキンソン病がどのような病気なのかなど、若年税パーキンソン病について詳しかったわけではありませんが、パーキンソン病の知識はあったのでそれと似ているのだろうなと考えていました。

若年性パーキンソン病と診断されてからの病気に対する気持ち

この歳で動けなくなるの?子供たちはどうするの?
私はまだまだやりたい事や行きたい場所があるのに。
母親として、妻として十分にしてあげることが出来なくなるくらいなら消えてしまいたい。

若年性パーキンソン病だと診断された当時はそんなことばかり考えていました。

若年性パーキンソン病は罹患率が低く私の周りに同じ病気に悩んでいる方はいませんでした。
そのためしばらくは自分が一番不幸で可哀想な人に思えてしまい、外出しても親子連れを見ると幸せそうで羨ましく感じていました。
そんな1人で悲劇のヒロインを演じていた私を少しずつ変えていったのは、主人の勧めで始めたブログです。

勧められた時は正直あまり気が進みませんでした。
同じ病気の人となにか共有出来ることがあるかも。という主人の提案だったのですが、
「共有どころじゃないよ。何で自分の辛いことをみんなに話さなきゃいけないの?もし批判的な意見が来たら立ち直れないし。」
など色々考えていました。

そういう気持ちもあったせいからか、始めた当初はマイナスな内容ばかりでした。
でもそんな私のブログに対し1人、2人と同じ若年性パーキンソン病の人からコメントがくるようになり、次第に私が書くブログの内容も変わっていきました。
ブログを通して若年性パーキンソン病の人たちと話していくうちに辛いのは私だけじゃないんだ。
生きているだけでも良しと思わなきゃと考え始めたからです。
若年性パーキンソン病と診断された当時より病気は明らかに進行し身体的にも精神的にも辛い日が多くなってきましたが、その中でも自分の将来に対しプラスに考える事ができるようになりました。

起こり得る全ての物事には意味があると聞いたことがあるけど、私が若年性パーキンソン病になったのに意味なんてあってほしくないし、例え意味があったとしてもなりたくはなかった。
なりたくはなかったけれど、私のブログを読んで「元気をもらった」「ありのままを書いているので共感できる」という人たちの為にもっとこの病気がどんな病気か広めていかないといけない。
若年性パーキンソン病にならなければ分からなかった事、たとえば就活や子育て社会の目。
経験したからこそ伝えることができると思うので私が経験したこと全てを発信していきたい。

今はそう考えることが出来るようになりました。

まとめ

今後この病気によって私の体がどのように変わっていくかはわかりません。
若年性パーキンソン病は進行具合い、症状の出方、治療方法など個人によってかなり差がある病気です。
しかし嬉しいことに医学は日々進歩し様々な研究が進められています。
たまにニュースでips細胞のことを目にしますよね。

まだまだ実用化に至るまでには時間がかかりそうですが確実に前進しています。
病気を治そうとする思いと病気を治したいという思いは必ず叶う時がきます。
その時まで私たちは希望を捨てず、少しでも今の状態を保っていけるようにしていきたいですね。
そんなに遠くない未来だと思いませんか?

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